本来、工務店が負うべき責任を建築主に負わせて、設計士はアシスタント役になるという「オープンシステム」というものは、考えてみれば設計上にのせられているような感じがしてならない。いくら価格が見え易くなったとしても、それでは「木を見て、森を失う」の類になってしまう。価格が見え易いということも大事だが、満足できる住み心地を得られなければ、何のために家を建てるのかわからなくなってしまう。それにもかかわらず、そのような提案を取り上げたねらいは、世の中の工務店というものが、排除されても仕方がないほどにお粗末な家造りをしていると指摘したかったのだろうか?いずれにしても、「安上がりに家が建つ」という提案は、これからも雨後のタケノコのように出てくることであろう。
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私は、工務店に依頼したのだが、その選択は正しかったといつも思っている。指揮者のいないオーケストラの音楽を聴く気になれないのと同じように、工務店のいない家造りに、魅力も、安心も、ロマンも感じることができない。住み心地に対する造り手との共感が希薄になるような家造りをしたら、後々必ず後悔することになると思う。